ラオスそしてタイ紀行(3)ルアンパバーン、托鉢、朝市、サンセットクルーズ、船の軌跡、自転車、かかし、田んぼ

ラオス

概要:

少年僧たちの笑顔と朝の掃除。
賑わう托鉢と裏道でも少人数の托鉢。
メコン川支流の小型船の美しい軌跡。
食材豊富な朝の市場。
賑わいのナイトマーケット。
メコン川サンセットクルーズ。
無料自転車がパンク。
かかしのある田んぼ。

少年僧の朝の掃除:

少年僧たちは朝のお掃除です。

托鉢:

ルアンパバーンの有名行事の1つに托鉢があります。
夜明け前の早朝、メインストリートの路肩に籠に入れた供物を持った寄進者が小さな椅子に座り、僧を待ちます。

僧侶たちが一列となり、素足で現れます。

その一方で、大きな袋を広げ、僧からの供物を待つ子供たちがいました。

大がかりな托鉢はこの通りだけでした。
ホテル近くの寺院前では3人のご婦人が托鉢僧に供物を差し出していました。
大がかりな托鉢は観光客の、小人数は地元の人でした。

サッカー選手の日の丸:

夜明け前から托鉢行列を待っていました。
その時、サッカーユニフォームを着た青年が家から出てきました。
間もなく数人の青年が集まりました。
これからランニングのようです。
サッカーのユニフォームの胸には、なんと日の丸がありました。
丁度、サッカーワールドカップの最中でした。
青年のユニフォームの日の丸を指し、声を掛けましたが言葉が通じませんでした。
写真を撮りましたが闇夜でうまく撮れませんでした。
サッカーのラオス代表の監督を日本人がしていた時期がありました。

支流の船の軌跡:

ここはメコン川と支流が合流しています。支流沿い散策しました。

支流に掛かる橋がありました。
人しか渡れない木造りの橋です。

油面のような水面を小型船が行き、船が引く波がとても美しく見えました。

支流は濁ったメコン川に注ぎます。

対岸からメコン川を船で渡ってきた婦人は天秤棒に大きな荷物を掛けていました。

朝市:

大通りから入った引き込み道に朝市が立ちます。
この市は地元民のための市です。
おばさんたちが路上に品物を並べます。

野菜、果物、鳥、メコン川の魚。

軽食もあります。

ナイトマーケット:

托鉢のあった通りの入り口付近から1Km以上に、夕方6時頃店が立ち並ぶ、ナイトマーケットがあります。
入り口には、舞台のあるオープンレストランがあります。
その舞台でラオス芸能を演じていました。

このマーッケトは品揃えから観光客向けに見えます。

ふと、空を見ました。真っ赤な空でした。
よし、明日は夕陽を見よう。

サンセットクルーズ:

メコン川の日没を見るためのクルーズがありました。
メコン川は山々を縫っていますので夕陽はその山々に沈みます。

別のクルーズ船上の女の子がこちらに合図を送っています。

時間が過ぎ、日没を迎えます。

旅で見る夕陽は特に感動的です。
ビエンチャンでは更に感動的な夕陽を見ることができました。
このクルーズではユニークなサービスがありました。
それは、2つのバナナの葉っぱに、願い言となって欲しくないことを別々に書きます。
この葉っぱを丸め、願い言の葉っぱは黄色の糸、なって欲しくないことは赤の糸で括ります。

乗船客から集められた2種類のバナナの葉っぱを船に備え付けの2つの水槽にそれぞれ入れます。
クルーズの終盤、バナナの葉っぱは水槽の水と共にメコン川に流されます。

大河メコンが流れる仏教国らしいサービスです。

無料レンタル自転車で農園へ:

ホテルには無料のレンタル自転車がありました。
これを借りて、目的地は農村体験をする農園です。
農村体験をするためではなく見学です。  
驚いたのは自転車に鍵がないことでした。
ホテルフロントに聞くと鍵がなくても問題ないとのこと。
その辺に自転車を置いても盗まれないと言うことです。
信じられないことですが数か所に自転車を置きましたが何事もありませんでした。

5分もしないうちに、路肩の舗装が完全でない道になりました。
自転車のタイヤがパンクしたらどうしようと、頭をかすめました。
しばらくして、Google mapで位置確認をするために自転車を止めました。
すると、近くにいた中年男性が私の乗っている自転車のタイヤがパンクしていると言いました。
そして約300m先のラオス国旗のある家を指さしました。
そこはパンク修理屋さんでした。
ラッキーでした。

修理屋まで自転車を引いて行きました。
自転車のパンクを見せて、修理を依頼しました。

お店の人はタイヤのチューブを取り出し点検しました。
これはパンクではなく空気取り入れ口のゴム部分が割れていました。
チューブを交換してよいかとの素振りです。
OKしました。
目指す農園はどこにあるか聞きました。
英語は全く通じません。
店員は自転車の空気を入れに来た少年に何か言いました。
すると、少年は「何かありましたか」と英語で私に言いました。
店員は少年に私の質問に対する助けを求めたのです。

結局、農園はどこにあるか分かりませんでした。
でも、なぜのこの少年が英語を話せるのか不思議に思いました。
質問するとインターナショナルスクールに通っている11歳でした。
仏教組織の学校に加えインターナショナルスクールとラオスの教育は思ったより多様性がありました。
Googleの動きが鈍い。
通常であれば5m程度動けば画面の位置が動き方向の確認ができますがここでは数10m動かないと位置確認ができません。
農園の古い看板があり横道に入ります。

舗装のない道は凸凹です。
自転車を降り、押して進みます。
途中、行商に集まっていた婦人たちがいました。
そして、道は行き止まりとなり、農園はありません。
そこにいた男性に聞くと農園は知らないと言います。
本通りに戻りました。
農園はもっと先にあるのかなぁ。
ここに服の仕立屋さんのお店があり女性店員がいました。
店員に聞くと農園は横道にあると言います。
再び、横道に入りました。
そして、行商に集まっているご婦人たちに聞きました。
農園の場所が分かりました。

係員が今日の受け付けは終わったと言います。
私の目的はラオスの田園風景を見たかっただけですので見るだけで構わないかと聞きました。
OKです。
農園の田んぼは田植え、稲刈りなどコメを得るまでの段階のいくつかの区分に分けられていました。
そこには「かかし」がありました。

農家:

農園を後に、ホテルに戻ります。
途中、橋の下の川沿いに家がありました。
ラオスには自給自足の農家が多いと言いますがそのような家と思いました。



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