ネパール・インド(9) お釈迦さま生誕の地と仏教遺跡;ムンバイ

アジア

概要:

今回の旅の最終訪問地、ムンバイです。
インドのまさに民泊は耐えきれそうにもないので、宿泊をホテルに変更しました。
列車に乗り、インド門に行きました。
宿泊先の最寄り鉄道駅の裏側は貧困街でしたが、メイン道路の高級喫茶店で旅日記をつけました。

早朝フライトでアウランガバードからムンバイ:

アウランガバードからムンバイへのフライトは、6時50分発の早朝便でしたので、空港までの足を前日に確保しました。
前日のエローラ観光のバスターミナルからホテルまで乗ったオートリクシャに翌日の空港行きを予約し、電話番号を聞きました。
ちょっと心配だったので、ホテルのフロントから、予約したオートリクシャに電話を入れてもらいました。電話が繋がり、明日の予約を確認できました。
当日の早朝5時前、約束の時間より少し早めのチェックアウトでしたが、オートリクシャは既に待っていました。

ムンバイ着 バスと列車:

ムンバイは大都市ですが、空港から市内までの直通の公共交通機関がありません。
電車を利用するなら、最寄り駅までオートリクシャ、バスなどで行く必要があります。
バスで電車の最寄り駅まで行きました。

乗った電車は、両側に3人掛けの座席の、日本の列車より一回り大きなものでした。

この列車の扇風機と吊り革の多いこと。

民泊の最寄り電車駅で降ります。

迷ってたどり着いた民泊:

歩いて民泊まで行けると思い、現地の人に民泊の方角を聞きました。
しばらく歩き、また、方角を聞きました。しかし、それは反対の方角でした。

反対の方角を歩き、ガソリンスタンドがあったので、道を聞きました。
オートリクシャで行けと言います。
オートリクシャに乗りましたが、運ちゃんも通行人に道を聞いています。
その後、駅と宿泊先を数回、オートリクシャで移動しましたが、途中で道を聞かない運ちゃんはいませんでした。
すべてが大回りです。
その後、だんだん道も分かり、最後は徒歩5分でホテルから駅まで移動できました。

約20分後、目的地に着きました。
そこは住宅街の一角でした。
周辺にはインドらしからぬ?こぎれいな店があり、超とは言わないまでも、高級住宅街の雰囲気でした。
近くいた中年婦人が、小さなビルの一角を指しました。それが民泊でした。
私を宿泊者と思い、案内してくれたようです。

階段を登ると、フロアーがあり、インド老人がいました。部屋に案内されました。

ベットはなく、床に布団が敷いてありました。
その横に、丸まった毛布があり、清潔とは言い難い状況でした。
WiFiのパスワードを聞きましたが、時間がたつにつれ、これに耐えるのかと言う思いが強くなってきました。近くにホテルはないか、探すことにしました。
荷物を部屋に置き、外に出ました。
いくつかの店でホテルの場所を聞き、近くに小さなホテルがあることが分かりました。
そのホテルに行き、部屋を見せてもらい、部屋代を確認しました。宿を替えることにしました。

民泊に戻ると、西洋人がいました。多分オーナーと思います。
西洋人に宿を替えることを言いました。西洋人は部屋代を返すと言いましたが、断りました。

ホテルは高級住宅街の一角にありましたが、駅の反対側はテレビで見る、インドの側面の1つである貧困街でした。

翌日の朝食はホテルで取りました。

少女が手を差し出し;

ムンバイ港への列車の切符を買うために、列に並びました。
すると、私を軽くたたき手を差し出す少女がいました。お金をめぐんで欲しいのしぐさです。
少女の身なりは貧しそうに見えません。
私が断ると、私の前の青年に同様なことをしました。青年はお金を恵みました。

ムンバイ港には、インドがイギリス植民地時代に建てられた「インド門」があります。
観光名所になっています。

インド門:

インド門には多くの観光客がいました。

インド門の向こうがムンバイ港です。

ここから、歴史的建造物のホテルである、タージマハルホテルが見えます。
インド財閥タタグループの創始者が建設しました。

洒落た喫茶店で旅日記:

ホテルに戻り、近くの喫茶店で紅茶を飲みながら、旅日記をつけました。
ここは日本に近い雰囲気でした。

ホテル近くの壁に「水を大切にしよう」の絵がありました。

ムンバイで一泊し、日本への帰路につきました。

疲れているオートリクシャの運ちゃん:

空港の最寄り駅まで列車で行きました。
ここから空港までオートリクシャで行きます。
駅正面のオートリクシャに空港までの料金を聞くと、高い。
そこで、少し歩き、再びオートリクシャに空港までの料金を聞くと、先ほどの3分の1程度。
これに決めました。運ちゃんは60歳を過ぎていました。
信号で止まると、ハンドルにかぶさり、疲れているようです。それは演技ではないようでした。
空港に着き、料金とチップを渡すと、大いに喜びました。

コメント