チベット・敦煌旅行記(1)

アジア

概要:

チベットと敦煌の旅行記です。
明治時代、川口慧海は仏教原点を確認するためにネパール経由でチベットのラサを訪問しています。
川口慧海は日本人最初のチベット訪問者でした。
中国・西寧から列車でチベット・ラサに行き、地元のツアーでラサ及び周辺を巡りました。
西寧に戻り、敦煌へ列車と相乗りタクシーで行きました。
敦煌はまさにシルクロードの出発点を想起させてくれました。2018.08.

旅の目的:

チベットと日本は意外と似ています。
仏教は伝播し、空海(弘法大師)が仏教の1つである密教を中国から日本に持ち帰りました。  
密教は、現在でも多くの日本人の支えとなっています。
その密教はチベットでも発展しました。密教が発展した国は、チベットと日本だけでした。
明治後期、日本人僧の河口慧海(31歳)は、仏教原典の確認をするために、当時、鎖国していたチベットに向かいました。
日本人であることを隠し、最高権力者に接見し、最高権力者に侍従医に推挙されるまでになりました。
帰国後、その時の旅行記を出版し、当時、大評判になったそうです。
そして、チベット語の文法は日本語と似ています。
チベットは中国の自治州(面積は日本の3.2倍)の1つであり、中国領土ですが、漢民族とは異なる文化があります。
20世紀初頭、敦煌の莫高窟内部から仏教文書が発見され、世界的に認知されました。
莫高窟の仏教は密教です。井上靖の小説「敦煌」は有名です。

旅の準備:

チベットに入る場合、外国人は許可証が必要です。
そして、その申請は現地の旅行会社などしかできません。
個人旅行するにしても、ガイドが同行する必要があるようです。
現地旅行会社は、許可証手続きとともに、ツアーをセット販売しています。
従って、最初に決めなければならないのは、現地旅行会社です。
日本の旅行会社への依頼も可能ですが、日本の旅行会社のお客様は日本人であり、日程などの制限が多いうえ、仲介手数料も必要です。
と言うことで、現地旅行会社をネット検索です。
現地旅行会社は、問い合わせに素早い対応です。
ラサと4600mの塩湖を含む、6日間のツアーを選択しました。
チベットの州都である、ラサの標高は3600mです。
フライトでラサに入ることも可能ですが、いきなり3600mは体にきついと思い、列車で行くことにしました。
標高2200mの西寧からラサまで列車で20時間。
20時間かけて、3600mに行けば、体は高地により順応しやすいと思いました。
中国の列車の予約はネットサイトでできます。この中国旅行社のサイトは日本語でした。
でも、1か月前にならないと販売しません。このサイトは空席数も確認できます。
空席数の確認で、売れ行き状況を確認できます。空席数を確認すると、かなりの売れ行きです。
これは危険と思い、割高になりますが、この切符は現地ツアー会社に依頼しました。
敦煌は西寧から列車と車で移動です。
この列車の切符の売れ行きはあまりよくありません。
出発近くに購入することにしました。
莫高窟の入場券は前売りです。当日券はありません。これを考慮して計画です。
中国では、グーグルが使用できません。
ネットで、中国でクーグルが使用できると言う、香港製の携帯SIMを購入しました。
グーグルが使用できるはちょっと怪しいので、グーグルマップの中国版「百度地図」を事前インストールしました。
これは、日本でも使用できましたが、漢字が中国漢字でした。
ルートは、北京経由西寧(フライト)→ラサ(列車)→西寧(フライト)経由敦煌(列車)です。

西寧(標高2200m):

羽田7時20分発、北京10時05分着です。北京はトランジットです。
切り替えたばかりのパスポートのせいか、北京の入国審査では両手の指紋と写真をしっかりと撮られました。
北京空港で国内線に乗り換え、西寧に向かいます。待ち時間は7時間です。

2.5時間のフライトで、20時、標高2200mの西寧空港に到着しました。
市内までのバスを探します。
切符売り場でホテルの住所を見せます。
1番乗り場です。既にバスが止まっていました。
バスドライバーにホテルの住所を見せると、OKでした。
あまり空席がありませんでしたが、最前列の席が空いていたので着席しました。

バス停に着きました。ちょっと大きなホテルの前でした。
このホテルのドアマンに宿泊予定のホテルの場所を聞きました。
ドアマンはタクシーが良いと言って、近くの乗客のあるタクシーに話しかけました。
OKです。相乗りです。
5分程度でホテルに着きました。
相乗りの乗客は「これがあなたが泊るホテルです」と言ってくれました。
タクシードライバーは全く英語が話せません。
料金は10元(160円)でした。

チェックイン後、部屋で携帯のSIMを取り替えました。
すぐ、中国語のSNSが入りました。
SIMが起動したようです。
家族に早速、LINEしましたがNGです。数回しましたが、NGです。諦めました。
グーグルも使用できません。でも、ヤフーは繋がりました。
西寧は人口205万人の省都です。
昔から、チベットと中国内部を結ぶ要衝です。

ラサへ(標高3700m):

次の日、ラサ行き列車に乗るために西寧駅に向かいました。
西寧駅は大きく新しい駅でした。
列車の乗車券はチベットの旅行代理店に依頼し、予約番号を持っていました。
予約番号とパスポートを窓口に提出しました。
女性係員が険しい顔で何かを言っています。中国語でさっぱりわかりません。
切符を発行してくれません。
そのうち、椅子に座っていた女性係員はのけぞり、困ったと言う様子。
そして、席を立ちました。
数分後、別の女性係員とともに戻ってきました。
そして、チベット入境許可書を見せろと英語で言います。
このことか。入境許可書を見せると、切符を発行してくれました。
待つこと、2時間。列車(青蔵鉄道)は思ったより、きれいでした。

列車に乗り込むときに、切符、パスポートと入境許可書の確認がありました。

ドア付きの部屋に2段寝台2列の4人部屋でした。私の切符は上寝台でした。
荷物をどこに置こうかと思っていました。
すると、同じ部屋の30歳くらいの中国人男性が、中国語で何かを言っています。
きょとんとしていると、片言英語で、場所を変わりましょう。あなたは高齢ですから。
遠慮なくOKしました。助かりました。上の寝台への上がり降りは大変です。
車窓の景色を余裕で見ることができます。
そして、上海の大学で中国語を勉強していると言う、アメリカ人女子大学生が入ってきました。
中国人グループのメンバーがこの座席でしたが、グループメンバーと一緒にいたいと言うことで座席を変わったそうです。
そして、なんとこの女性はチベットで同じツアーでした。6日間、行動を共にしました。
父親は日本語を学んでいて、自分はロシア語か中国語を選択することになり、中国語を選択したとのこと。
かなり、中国語を話せます。
2200mの西寧から数時間で4000mに達しました。最高標高は5000mでした。
当初、考えた長時間列車での高地順応計画は失敗でした。
翌朝、同乗した中国人は、げっそりした顔でひどい状態です。
私も、そこまでなくても頭が痛い。
かなりの乗客は備え付けの酸素マスクをしています。
アメリカ人女性は平然としています。
西洋人は高山病に強いのでしょうか。
そんなことはありません。
後で合流したギリシア系イギリス人はフライトでラサに入りましたが頭痛に悩まされていました。
でも、車窓からの景色は素晴らしかった。

列車は青海湖(世界第二の塩湖、面積は琵琶湖の8.5倍)周辺を通ります。
真っ青な青空に浮かぶ白い雲の直下にある青海湖は絶景でした。

列車は山岳地帯を通り抜けると思ったら、そこは遠くに山を見る、大草原でした。
所々で、羊の群れが草を食んでいます。

そして、タルチョーと言う、支柱塔頂から地面に伸ばしたロープに色とりどりの旗をなびかせ た、チベットの風景が点在します。

食堂車がありました。ゆったりと、夕食をとりました。

ヤクの(4000-6000mに生息する、牛の一種。チベット族は家畜としている)ヨーグルトは美味しかった。その夜は満月でした。

車中、家族にLINEを7回したのですが、繋がったのは1回のみでした。
その返事も受け取ることができました。
ラサの中国携帯ショップで、聞いたところ、中国ではLINEは使えないとのこと。
中国では中国版LINEである、微信(英語名、WECHAT)を使っています。
中国版グーグルマップである百度地図は機能しました。
列車が今、どこを走っているのか確認できました。
朝起きると、近くの山は霧に包まれていました。

この日からチベットに滞在した6日間は軽い頭痛と過ごすことになります。



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